英神父の旅路エッセイー第1回

tabijinosato

はじめに 

 皆さま いかがお過ごしでしょうか。旅路の里の活動に協力してくださり、ありがとうございます。

3度目の正直

 私が釜ヶ崎にかかわったのは今まで 3 回あります。1 回目は約 40 年前、大学生の時です。初代 所長の薄田昇神父が釜ヶ崎に行き、古い簡宿(簡易宿泊所、通称ドヤ)を借りて住み始めた頃で す。その建物が旅路の里になりました。当時、私は彼の手伝いで東京から通っていました。その 頃は日雇い労働者の町として、活気が溢れていました。普通の日本社会とは全く違う雰囲気で、 何か第三世界を彷彿させられるようで、わくわくするような感動を覚えました。

 2 回目は約 20 年前、旅路の里の専任の所長として赴任した時です。2 年半ほど働きました。その時は、バブル の崩壊後、野宿者の数が非常に多く、絶望の中から町を再生しようという意欲が感じられる時 でした。労働者の町から福祉の町に移行していくことになり、仕事づくり・居場所づくり・町 づくりを多くの人が意識していました。

 そして今回は 3 度目の正直で、六甲教会の主任司祭を しながら、責任者をしています。現在の釜ヶ崎は老人が増えただけでなく、外国人がとても増え てきて、新しい流れを感じています。

生きづらさをかかえている人びと共に


 40 年の流れで見ると、釜ヶ崎の変遷がそのまま日本社会の変遷の映し鏡のように見えます。 高度経済成長期から成熟した社会になり、外国人と共住する時代が到来しています。日本社会 にしても、釜ヶ崎にしても、これから何を目ざして、どこに向かおうとしているのか、はっきり 見えない面もあります。 社会がどう変わろうと、釜ヶ崎には変わらないものがあります。それは、いつの時代も釜ヶ崎 に生きづらさをかかえている人びとが流入し、その人たちと共に働き、共に暮らす町だという ことです。その中で貧しい人を食い物にする人びとがいると同時に、イエスのまなざしに合わ せて、神の国を共に生きようとする動きが見えてきます。 旅路の里の役割は、最も弱い人に寄り添いながら、私たちの生き方と社会のあり方を見つめ 直すことだと思っています。イエスの宣べ伝えた福音の核心から、小さな人びとの姿と声を受 けとめ、神の国のチャレンジを多くの人と分かち合っていくことです。


 幸い、昨年の 9 月に再オープンしてから、多くの方々が訪問してくださり、恵みを分かち合っ ています。これからもイエスのまなざしに心を合わせ、神の国の到来に向かっていくことがで きますように。

※ この文章は、2024年4月発行のニュースレターの巻頭言です。次回のエッセイは5月末に掲載予定です。

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